「偉そうにする人はダサい」最前線で動き、メンバーとの対話を重視するリクルート役員のこだわり
偉そうにする人はダサい。最前線で動き、聞く耳を持つ
――最初に、現在の塩見さんのお仕事について教えてください。
簡単に言うと「優れたデザイナーとマーケターの組織を作ること」と「ボトムアップで上がってくる起案の審議をすること」がメインで、9割近くは役員仕事です。
今のリクルートの事業は、大きく「人材事業」「販促事業」「SaaS事業」の3つに分かれており、それぞれに責任者として執行役員を1名ずつ配置しています。彼らは担当事業のプロフェッショナルではありますが、必ずしもデザイン、データサイエンス、マーケティングなど深い専門性が求められる分野のプロフェッショナルとは限りません。
そこで、3名の他に事業を横断する専門分野担当の執行役員を配置しています。僕はそのうちプロダクトデザインとマーケティングの分野を担当しているかたちです。
――現場からの起案というのは、どのような類のものなのでしょうか?
「こんなプロジェクトを進めたいので、予算をください」「こんな問題が発生しているのですが、こういう対応でいいですか?」「この企業と提携したいんですけど、こういう契約条件でいいですか?」など、本当にいろいろですね。週に1回、全事業の起案が集まる場があるので、そこで事業担当の執行役員とともにレビューやジャッジをしています。
――先ほど、役員仕事は9割とおっしゃっていましたが、残り1割は?
今だと『カーセンサー』というサービスのマーケティング部長です。最低でも1つは現場監督的なポジションを兼務するようにしています。
――それはなぜでしょうか?
役員仕事だけをやっていると、多くの情報が集まり総論的な専門性は高まる反面、現場感覚がどんどん薄れていきます。すると各論的な専門性が高まらず、結果的に起案を審議する力すらも鈍ってしまうんです。そのため、常にどこかの現場に入っておきたい。メンバーと一緒に起案する側の仕事を通じて、最前線で何が起きているのか把握するようにしています。
――実務もしっかりウォッチされていると。ちなみに、塩見さんは38歳で役員に就任、現在は42歳とかなり若くして執行役員の重責を担っています。年齢も含め、良い意味で「大企業の偉い人」っぽくない印象を受けるのですが。
そうですか(笑)。社内で自分がどう見られているのか分かりませんが、昔から偉そうにしている人とかイキっている人はダサいと感じていて、そうなりたくないと思っています。
リクルートには多くなかったですが、私が若手の頃、インターネットにあまり詳しくないので話が通じない、分からないくせに聞く耳を持ってくれない上の世代がいて、ストレスを感じたことも大きいですかね。
同じストレスをかける側になりたくないですし、分からないことがあればメンバーに教えを乞えるキャラでいたいなとは思います。
経営会議の内容を、現場向けに動画で解説
――塩見さんは、プロデザ・マーケ室の独自施策として、2020年12月に経営層の会議の情報を共有する動画「フィードバックチャンネル」を開設されました。その意図を教えてください。
経営層の会議や、先ほどお話しした全事業の起案決議の場で話し合われた内容を、現場のメンバーに向けて「ストレートに」伝えるためです。たとえば、社長や執行役員などが集まる経営会議の議題が10あった場合、そのうち2つくらいはメンバー全員に伝えたいものがあります。
これまでは、「DO会議」(DOはディヴィジョンオフィサー。本部長に相当)→「マネージャー」→「メンバー」という順番で現場まで伝えていましたが、途中で意図やニュアンスがズレてしまうこともありました。
そこで、毎週金曜日の朝9時に、僕が解説した動画をアップするようにしたんです。大元の会議に参加している僕から発信すれば、意図やニュアンスを正確に伝えられますし、議事録の行間や会議の空気も含めて伝えられる。また、動画なら移動中など時間があるときに、気軽に見てもらえるのではないかと。
――たとえば、どのような内容を配信しているんですか? 公開できる範囲で教えてください。
最近だと、たとえば「新サービスが起案され来春リリースされます」とか「インボイス制度の導入にともなって経費精算システムが変わります」といった内容ですね。お知らせだけで済む話かもしれませんが、「なぜ今、リクルートがこれをしようとしているのか?」といった背景や「変えることで、どんな効果があるのか」を伝えることで、インプットの質が大きく変わると思うんです。
――本部長やマネージャーのコミュニケーションコストも減り、現場は助かりますね。スタートから1年半ほど過ぎた、現在の反響はいかがでしょうか?
半年に1回アンケートを取っているのですが、わりと好評だと思います。(事務局注:直近の視聴後アンケートの満足度は4.6点/5点満点中)
ちなみに、動画には「おまけのコーナー」と称して、本編とは関係ない話をするパートをできるだけ用意するようにしています。たとえば、僕が会った学者さんの話とか、社内用語の解説とか、注目している社外サービスの話とか。「おまけのファンです」と言われることもありますね。
――現場のメンバーにとって経営層は遠い存在になりがちですが、そうした距離を縮める効果もありそうです。
もちろん、そう感じてもらえたら嬉しいのですが、経営層と現場の距離を縮めるというよりは、「情報をオープンにしたい」という思いのほうが強いですね。さらに言うと、「やっぱりリクルートって、ボトムアップで物事が決まっていくんだ」ということをリアルに感じてもらいたい。そんな狙いがあります。
――リクルートは「ボトムアップの会社」を標榜していますが、意思決定の場でそれが実践されていることを現場のメンバーに知ってもらいたいと。
そうですね。ボトムアップと言いつつ、メンバーによっては「実態はトップダウンなのでは?」と疑念を持つこともあると思うんです。でも、実情を見てもらうことで、本当にボトムアップなんだと腹落ちしてもらいたい。
僕自身も、リクルートのボトムアップ文化に生かされてきたので、それを守りたいと考えている一人です。激変するビジネス環境において、一部の経営陣の発想に頼った状態は非常にリスキーです。むしろ、トップよりも現場を見ているメンバーの方が変化に詳しいですし、より新しい発想を持っているはずですから。
部長職以上に悩み相談ができる「ナナメよもやま」
――もうひとつ、塩見さんは立場や部署の垣根を超えたコミュニケーションを促進するための「ナナメよもやま」という制度を推進されているそうですね。
もともとリクルートでは、いつ・誰とでも気軽に話せる「よもやま」の文化を大切にしてきました。しかし、やはり会社が成長して人数が増えると心理的なハードルが上がりますし、分社当時を経験しているメンバーのなかには、同じリクルートでも「他社の人」という感覚を引きずっている人もいます。(※リクルートは2012年に複数の事業会社と機能会社に分社。2021年に統合している)
そこで、プロデザ・マーケ室では、部長職以上の約30名が自分の時間を解放し、メンバーの“よもやま話”を聞く「ナナメよもやま」という制度をつくりました。一対一でじっくりコミュニケーションをとることができる仕組みで、他部署の人でもいいし、直上長を飛ばしてその上の人とも話せます。
――塩見さんも、「ナナメよもやま」で時間を開放されているそうですね。どんなメンバーと、どんな話をするんですか?
新卒1カ月から定年目前のメンバーまで、本当に幅広いですよ。相談内容も直上長への不満、キャリアプラン、資産形成、恋バナなどさまざま。「転職しようと思っているんですけど」といった、ぶっちゃけ話もあります(笑)。面白かったのは、僕が審査員をつとめる新規事業審査会にエントリーするメンバーが「事前にフィードバックをもらいたいです」と言ってきたこと。一次審査をすっ飛ばすわけなので、ちょっとズルい気もしますが、賢い使い方ですよね(笑)。
――直属の上司には話せないけど、上の人に相談に乗ってもらいたい時、「ナナメよもやま」はありがたい制度ですね。
組織運営に指示系統は不可欠です。ただ、個々人のコミュニケーションラインはその系統とは別にも存在しておいてほしいと思います。なぜなら、各人が1本の糸ではなく複数の糸で縦横無尽につながっている組織こそ、変化に柔軟だし、個の力が引き出される強靭な組織になると思うからです。
また、先ほどの話にも通じますが、ボトムアップ文化を成立させるにはそもそもの前提として「誰もが自由に意見を言えるオープンマインドな風土」や「心理的安全性が保たれた職場環境」が欠かせません。そのためにも、メンバーには「ナナメよもやま」や「フィードバックチャンネル」を積極的に活用してもらいたいなと思いますね。