見出し画像

高野山会議2023に参加して

こんにちは。リクルートのプロダクトデザイン室に所属する鹿毛と今井です。
私達は、東京大学 先端科学技術研究センター 先端アートデザイン分野 社会連携研究部門 (以降、「AAD」とする)に、リクルートから研究員として参加しています。
今回は、AADが主催する「高野山会議2023」に参加してきましたので、その内容についてシェアさせて頂きます。

AADへの参加背景


私たち2人の日常業務はリクルートのSaaS領域や飲食領域のプロダクトマネジメントや、プロダクトデザインをすることですが、日々の業務とは非連続にアートやデザイン、世の中や未来について考える機会としてAADを活用しています。
AADに所属する教授陣や、社会連携研究部門に参画している他企業のデザイナーのみなさんとの議論を通じて、普段の業務ではなかなか得られないような新しい発想を得ることに役立てています。
高野山会議はこのAADの研究員として参加している年次イベントです。

高野山会議とは


高野山会議2023は、東京大学 先端科学技術研究センター 先端アートデザイン分野が主催し、自然中心の視点から1200年後の未来を探求する科学文化学術会議です。
この会議では、高野山の真言宗総本山金剛峯寺および高野山大学を舞台に、科学技術、アートデザイン、宗教の専門家による対話を通じて未来を形づくるための議論を繰り広げました。
開催の趣旨など、詳しくは以下のウェブサイトをご覧ください。

https://www.aad.rcast.u-tokyo.ac.jp/koyasan/

会議開催中の様子


このnoteでは有識者によるセッションを中心にご紹介しますが、その他にも東京フィルハーモニー交響楽団による弦楽合奏公演や、高野山内外で実施されたエクスカーション、宿坊でのワークショップなどが開催されました。会議開催中の様子について、写真から雰囲気を感じとっていただけると幸いです。

<演奏の様子>

<エクスカーションの様子>

<ワークショップの様子>

<宿坊での企業間コミュニケーションの様子>

Session02インクルーシブデザイン


さて、高野山会議2日目に開催された、インクルーシブデザインのセッションについて、特に印象に残っている内容をご紹介します。
本セッションでは、伊藤節さんがモデレーターをつとめ、並木重宏さん、蓮見孝さんに話題提供をいただきました。
デザインやものづくりを考える上でのヒントが多々あり、私たちにとっての気づきも多い内容でした。

From Extreme To Mainstream

並木重宏さんは研究者として活動しているさなか、ご自身も難病発症し、足が思うように動かなくなったことをきっかけにインクルーシブデザインについての研究をはじめられました。
理工系の研究に必要なさまざまな器具を扱った実験を行う環境は、障がいのある方にとって簡単に利用できるものではありません。ご自身にとって車椅子を利用しながら研究ができる空間が必要であり、障がいがありながら理系の分野に進学する学生は少ないという現実もあります。
並木重宏さんは障がいのある方も、自由に実験に取り組める環境「インクルーシブラボ」の研究開発に注力されています。

「from extreme to mainstream」というのはインクルーシブデザインという言葉を初めて使ったイギリスの研究者の言葉で、特殊解を一般解に応用する考え方だそうです。
車椅子の人のために作った縁石が、ベビーカーにも自転車にも使えるというのはわかりやすい事例です。
このほかにも、「字幕」は聴覚障がい者のためのツールでしたが、現在の利用シーンの多くは聴者の方が翻訳された映画を観るためにつかったり、YouTubeで音を出せないときに字幕で動画を観るということに活用されたりしています。
このように、マイノリティ向けのものなど、Extremeな状況で使われていたものを、Mainstreamに応用することで新たな価値が生まれることがあるという視点は私たちにとって新しい気付きを与えてくれるお話でした。

一方で特殊解を一般解に応用できるものとできないものがある中で、その違いは何から生まれているのかという質問もセッションでは寄せられました。明快な答えはないまでも、特殊解として認知されていたものを一般解として認知されるように、認知のされ方の工夫がされているのかがひとつのヒントなのではないか。
例えば、「障がい者用トイレ」として表現されていたトイレが、今では「みんなのトイレ」と表現され、一部の人向けとして認知されていたものが、すべての人向けのものとして認知されることで、用途が広がった例として挙げられていました。

プロダクトやサービスをデザインする時に、エキスパートインタビューやエクストリームユーザーの調査を行うことがありますが、こういったプロセスとのつながりやヒントもあるように感じました。
プロダクト開発において、ターゲットの人たちの最大公約数をとった製品はすぐにコモディティ化してしまうリスクをはらんでいますが、Extremeな人たちにとっての特殊解を一般解として認知されるように応用ができないかと考える機会を持てるといいのではないでしょうか。

乗っている人が美しく見える車椅子

蓮見孝さんは日産自動車株式会社でインダストリアルデザイナーを勤めたのち、筑波大学でデザインの研究に従事され、「ポスト「熱い社会」をめざすユニバーサルデザイン―モノ・コト・まちづくり」というユニバーサルデザインに関する書籍の執筆もされています。
この書籍の中で、ヤッレ・ユングネルがデザインしたスウェーデンの車椅子、パンテーラを取り上げています。
それ以前の車椅子は「後ろから誰かが押すもの」がついていただけのものだったところから、自分自身で自由に動ける車椅子を作ったとして、「パンテーラは美しい」と評したところ、ユングネルからは、「美しい車椅子を作ったわけではない。
乗っている人が美しく見える車椅子を作ったんだ。」という返事をもらったそうです。

日本におけるインクルーシブデザインに関連する話題提供もいただきました。
北越雪譜(鈴木 牧之 1837)の「恵方より 福一こめくらが 入りも尻もちめでたし」(目の見えないあんま師(マッサージ師)が道を踏み外してなだれ込んできた。)という一節から、日本では江戸時代から視覚に障がいがあった人が職業を持ち自立していたことや、八ツ橋は元々目の見えない琴の名手の功績を讃えて生まれたことなどに言及し、日本の社会は障がいのあるなしに関わらず、多くの人に支えられていたといいます。

前述の書籍のタイトルで、“ポスト「熱い社会」”という言葉が用いられていますが、これは以下のような社会構造の転換を説明する際に用いられているものです。

  •   冷たい社会(村社会)

    • 安定している。

  • 熱い社会(高度消費社会)

    •  消費の軸を中心に、コマを回している。とまったら倒れる。

  • ポスト”熱い社会”(テーマ型社会)

    •  多様な活動の軸をもった色々なコマが回っているプラットフォームとしての社会。

「多様な活動の軸」というのはひとりひとりが美しく生きるために必要なものだと捉えると、ユングネルの言う「乗っている人が美しく見える」ためにデザインすることはインクルーシブデザインの根幹であり、障がいがある人が職業を持って自立していた江戸時代の日本からも学べることが多くあるように感じます。

質疑の中では、江戸時代の日本から学べることとして、日本刀の研ぎ師が日本刀作りの全体を執り仕切るという話題も興味深いものでした。
研ぎ師は日本刀作りのあまたある工程の全てをひとりで知っている必要があり、その知識を持って全体を指揮します。
一方で、そこに業務命令はなく、調和のもとに組織が動いて日本刀が作られていたそうです。
これは日本建築における棟梁にも通じます。
当時建築家という存在はなく、棟梁が建築全体の設計をし、現場監督を行い、工程・費用を管理し、職人でありながら大工を束ねる経営も行うという役割を担っていました。
本セッションのインクルーシブデザインからは少し話がそれますが、プロダクトマネージャーという仕事はまさに研ぎ師であり、棟梁のような仕事とも言えるのではないかと、私たちの仕事とのつながりも強く感じるQAセッションでもありました。

Session03 次世代育成~STEAM教育と芸術環境創造~


続いて、高野山会議3日目に開催された、次世代育成のセッションについて、特に印象に残っている内容をご紹介します。
本セッションでは、近藤薫さんがモデレーターをつとめ、小森輝彦さん、新井鷗子さん、奥田久栄さんに話題提供いただきました。
普段リクルートにてマネジメントに従事する私たちにとっても、人材育成やこれからのテクノロジー/アートについて考えさせられる興味深いセッションとなりました。

ビジネスと芸術

株式会社 JERA にて、代表取締役社長 CEO兼COOを努められる奥田さんは、「芸術は、新しい価値を創造し社会に提供するための力の源泉」であり、だからこそ「価値創造経営」においてArtは重要な要素であるという仮説を提案されていました。
ご自身もクラシック音楽を始めとした芸術に造詣が深く、そしてビジネスの第一線で代表を務める奥田さんだからこそ、その提案は非常に重要で興味深いものでした。
また、社会基盤へのArtのインストールの重要性として、「芸術家・学識者・実業家は、社会の同じ土俵の上で、混じり合い、ぶつかり合いながらともに創造活動を行うのが本来のあり方ではないか。
混じり合い、ぶつかり合うことで、互いの感じる力、考える力が高まり、さらに次元の高い価値創造が可能になる」と語られました。そして、そのためには「教育現場においても、感じることと、考えることの相互補完が価値を創造することを早期に認識させることが必要なのではないか?」と提案されました。
私たちも、プロダクトマネージャーとして「ビジネスとクリエイティブ」の接合点で働いています。また、私たちがAADに参加し、高野山会議にも参加していることもまさに「同じ土俵」で異業種同士が議論をすることを求めているのだと感じさせる発表でした。

STEAM教育

声楽家・東京音楽大学教授・東京音楽大学付属高等学校長であられる小森さんからは、芸術と教育について多くのヒントとなるような発表がありました。その中でも非常に参考になったヒントを2つご紹介します。

芸術行為とはかなり「受身」である。

小森さんは、芸術行為とは「アクションではなくリアクション」だと考えているそうです。
楽譜に対するリアクション・インスピレーションに対するリアクション・体調に対するリアクションなど、我々は多くの事象に対してリアクションを取っているという考え方です。だからこそ、天候によって調子は左右されるし、声楽であれば、歌も変わってくる。
そして、それで良いと発表されていました。
この考え方は普段プロダクトのあるべき姿や目指す姿を考える私たちにとっても非常に示唆深いものになります。
我々がプロダクトに向き合うこともまさに、マーケット・テクノロジー・ユーザー・競争環境などに対して、どう良いリアクションを取るべきか?を考えている行為なのだと実感させられました。

ティーチングではなく、コーチング

小森さんは教育者として「才能はすでに、そこにあると信じること」を大切にしており、すでに中にあるものを引っ張り出すことが重要と発表されました。
「これまで会った人で、いい声じゃない人は居ない」と言い切る小森さんの言葉はとても素敵でした。
もちろんビジネスの世界において、100%同じように考えることは難しいのが現実ですが、メンバーマネジメントも担う我々にとっても非常に示唆に富んだお話でした。

「中学生プロデューサー」プログラム

横浜みなとみらいホール館長の新井さんからは、横浜みなとみらいホールが行う「中学生プロデューサー」のプログラムを中心に発表がされました。このプログラムについて初めて知ったのですが、とても興味深いものでした。
中学生たちが自らコンサートプログラムを実際に考え、企画から実施までを完遂するというプログラムは、中学生たちにとっては「様々な意見や仕事が共創する現場を体感することで、多様な考え方を受け入れ、社会性を学ぶ場」になり、そして大人たちにとっても「中学生ならではの思考プロセスやアイデアに刺激を受ける場」として価値を発揮しています。
まさしく、こういったSTEAM教育を受けた子どもたちが、今後未来の社会に価値を生み出すのだと感じさせられるお話でした。

おわりに

普段は、担当のプロダクト・目の前のユーザーに目を向けることが我々の仕事ではありますが、少し視点や視野を変えて、こういった議論を吸収することが、自分たちのクリエイティビティや考え方のアップデートに繋がっていると思っています。
また、今回登壇されていた皆さんも、呼ばれる職種名は異なりますが、その中に共通点があり根っこでは考え方や取り組みが共通しているように感じました。
私たちが携わっているとあるプロジェクトでは、Extremeな方からヒントを得られないかとリサーチ対象の選定を工夫するなど、業務に活かす動きも少しずつ始めています。
また、2024年2月にリクルート主催で開催を予定しているプロダクトマネージャー向けのカンファレンス「PdM Days」のコンセプト検討にも、今回の高野山会議での経験が影響しています。
プロダクトマネージャー以外の方の視点を取り入れていることに加え、未来を考えるきっかけを得られるような話題提供をすることで、プロダクトマネージャーを務める方達の考え方のアップデートに繋がることを期待しています。

以上、高野山会議での発表内容と感想をお伝えしました。高野山という環境と、多様なバックグラウンドを持つ参加者の方々の意見交換によって、自分の視点や思考に刺激や刷新を受けることができた貴重な経験でした。もちろん、この経験だけで満足せず、今後も常に世界や社会の変化に柔軟に対応できるよう、学び続けていきたいと思います。

さて、今年も残りわずかとなりました。最後になりますが、本年も当社の活動にご関心を持っていただき、誠にありがとうございました。皆様にとって、良いクリスマスと新年をお迎えになられますように。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

P.S. 「PdM Days」に興味を持った方はぜひ以下のサイトから参加申し込みください!私たちもモデレータとして参加予定ですので、今回の記事の内容やプロダクトマネジメント、そしてアートやデザインについてお話ししましょう。
https://pdmdays.recruit-productdesign.jp/

この記事が参加している募集

プロダクトデザイン室では、一緒に働く仲間を募集しています。