「リクルートの“専任リサーチャー “に”聞く! UXリサーチャーというキャリア」
もともとは新規プロダクト開発やUXデザイナーとしてキャリアをスタートした彼女は、いかにしてUXリサーチに出会い、それを極めるに至ったのか? 2022年6月30日、Pop Insightが主催するウェビナー「リクルートの“専任リサーチャーに聞く! UXリサーチャーというキャリア」に登壇した大草氏の講演を抜粋し、そのキャリアの変遷をたどる。
#PROFILE
「UXリサーチャー」の役割は、情報によってUXの向上に貢献すること
はじめに大草氏はUXリサーチの定義について説明。一般的には
・UX(ユーザーエクスペリエンス)向上を目的とした定性または定量のリサーチ
・調査手法としてはインタビュー、アンケート、ユーザビリティテストなどが挙げられる
このように説明されることが多いが、大草氏はこれだけでは不十分だと感じているという
「これってUXリサーチの際に行うアクションの説明をしているだけですよね。肝心なのは(UXリサーチによって)どんな価値がもたらされるか、だと思うんです。だから、UXリサーチのことをより知ってもらうためには、そのバリューをしっかり説明したほうがいいと考えています。
私が思うUXリサーチのバリューは、『足りない情報を集めたり、情報を管理したりすることで、よりよいUXを生み出す際の意思決定やアイデアの振り出しをスムーズにし、案件の確実性を高めること』です。このバリューを出すことができるなら、手法もインタビューやアンケートだけにこだわる必要はありません。場合によっては調査をしない、あるいは過去にやった調査を整理して活用するということも考えられます」(大草氏、以下同)
では、UXリサーチャーは具体的に何をしているのか? 大草氏の場合、その仕事内容は大きく以下の3つに分類される。
・「リサーチ案件の実施」……課題整理、調査設計、調査、分析、調査結果の現場浸透
・「リサーチ自走のサポート」……他チームのリサーチに対するアドバイザリー、リサーチ結果のデータベース整備
・「組織全体のリサーチスキル向上」……リサーチスキル育成/リサーチナレッジの共有、組織内でのリサーチ現場調査
「どれも重要なのですが、私が特に意識的に工夫しているのが“調査結果の現場浸透”です。リサーチというと、調査対象者にインタビューを行い、それをスライドにしてまとめるところまでが仕事だと思われがちなのですが、私はその先の“そのデータがどう活用されるか”というところにまで責任を持ちたいと考えています。これは私がもともとUXデザインやプロダクトマネジメントに関わっていたことも大きく影響していると思いますが、調査して終わりではなく、それをプロダクトに反映させるところまで伴走したいんです」
「リサーチの力」を知ったきっかけ
次のテーマは本題である、大草氏のこれまでのキャリアについて。もともとは新卒で新規事業開発にアサインされた彼女が、いかにしてUXリサーチに出会い、専任するに至ったのか。その道のりを「リサーチ開始期」「リサーチ修行期」「リサーチ専任期」に分けて語った。
「はじめに、私のざっくりとしたキャリアをお話すると、2014年に新卒でリクルートに入社し、最初は新規のプロダクト開発からリリース後の運用まで担当していました。2015年にバイト探しサービス『FromA(フロム・エー)』のUXデザインを担当するようになり、翌年あたりからUXリサーチの業務も始めています。しばらくはUXデザインとUXリサーチを兼務していたのですが、2020年に専任のUXリサーチャーになり現在に至ります」
最初のターニングポイントは、新卒1年目。仕事で壁にぶつかった際、とある聞き取り調査を行ったことで乗り越えた。それがリサーチの力を実感した、初めての成功体験だったという。
「当時、私に課されていたミッションは『とにかくダウンロードされるLINEスタンプをつくる』ことでした。とはいえ、新卒1年目でデザインの経験もない私にはハードルが高く、何度提案しても通りませんでした。提案の度に上司から宿題が出て、全く前に進まない状態だったんです。上司は過去の傾向やデザインの法則に則った的確なフィードバックをしてくれていたのですが、経験と知識が不足していた私には、それを理解するのが難しかった。
そこで、経験不足を補うためにやったのが、リサーチでした。このLINEスタンプのターゲット層に近い新卒の同期に一斉メールを送り、どのスタンプを使いたいかアンケートをとったんです。20名くらいの少ないサンプルでしたが、その結果をふまえて提案したところ、拍子抜けするほどすんなり通りました。この成功体験が、リサーチというものに関心を抱くきっかけになりましたね。『数値で表せない定性情報でも、自分の提案や主張の裏付けになり得るんだ』と」
“しんどい仕事”を通じて、リサーチャーの適正に気づく
2年目以降、業務内容はプロダクト開発からUXデザインにシフト。本業とは別に、リサーチ業務を依頼されることも多かったそう。
「プロダクトのユーザビリティテストを担当したり、ユーザビリティテストを自社で内製化するプロジェクトにアサインされたりと、なぜかUXリサーチに関わる機会がたくさんあって、社会人の最初期に多くの経験を積むことができました。
ただ、当時はまだ、そこまでUXリサーチに対して“前のめり”だったわけではありません。あくまで本業はUXデザインで、求められればリサーチもやりますよ、というくらいの熱量でしたね」
そこから、ぐっとUXリサーチに軸足を移すきっかけになったのは、とある大掛かりなリサーチ案件。ハードなプロジェクトを苦もなくこなせたことで、UXリサーチャーとしての適正に気づいたという。
「それは、週末に1日がかりで6〜7人にデプスインタビュー(※1対1の面談式で実施する調査方法)を行うというもので、調査期間は3週間。つまり、3週間にわたって毎週末、ひたすら対面インタビューをするというハードな任務です。一緒にアサインされた先輩は、『めちゃくちゃしんどい……。もう二度とやりたくない』とおっしゃっていました。でも、私はそれが全く苦ではなかったんです。むしろ、インタビューを通じてさまざまな価値観を知ることができたり、その価値観が醸成された背景を想像することが楽しくて、もっとやりたいと思ったくらい。
じつは、私は『なんで?』が口癖で、学生の頃も友達に質問しすぎて怒られるくらいでした。でも、リサーチの仕事では『なんで?』と深掘りすればするほど良い答えを引き出せて、評価される。もしかして、リサーチの仕事って私にすごく向いていて、これにもっと専念できたらより組織に貢献できるのではないかと考えるようになりました」
キャリアの安定性よりも、心の内から溢れる「WILL」に従う
その後、上司に相談し、UXデザインと平行してUXリサーチの業務を増やしていった大草氏。ただ、それでも本業はあくまでUXデザイン。UXリサーチの仕事にやりがいや楽しさは感じるものの、それを専任にするところまでは、なかなか踏み込めなかったという。
「上司からは定期面談の度に『今後、どうしたいの?』と聞かれていました。『このままUXリサーチの経験やスキルを磨いて極めていきたいのか、それとも本業はあくまでUXデザイナーで、UXリサーチはその武器の一つとして考えているのか』と。決して問い詰めているわけではなく、私の希望を聞いて、来期以降のアサインに反映しようとしてくれているのが伝わりました。リクルートという会社には基本的に、従業員一人ひとりがよりよいキャリアを歩むために、本人のWILL(やりたい!)を尊重して育ててくれる組織文化があるんです。
ただ、当時は自分自身でも、これからどうなりたいのか決めきれていませんでした。リサーチの仕事は好きだけど、それを専任にすることには不安があった。というのも、当時はUXリサーチャーのロールモデルがほとんどなく、それを極めた先のキャリアもまるで想像がつきませんでした。結果的に、現状維持でずるずると決断を引き伸ばしていたんです」
転機となったのは、友人の一言。長期休暇を利用し、気分転換で訪れたスウェーデンで旧友に悩みを打ち明けると、シンプルな言葉で背中を押してくれた。
「私が『リサーチの仕事は好きだし、もっとやりたいけど、将来のことを考えると不安なんだ』と言うと、彼女は目を輝かせながら『好きなことを仕事にできるチャンスがあるなんて、とてもラッキーなこと。そんなに難しいことを考えてないでやればいい。それに、ロールモデルがいないということは、あなたがパイオニアになれるじゃない』と言ってくれました。
ハッとしましたね。私はこれまでやれない理由ばかりを考えていましたが、もっとシンプルに“やりたいか・やりたくないか”で決めていいんだなと思えました。それで、帰国後すぐ上司に相談し、『UXリサーチに振り切りたいです。専任でやらせてください』と言いました。
すると上司は、『では、どうすればそれができるか、一緒に考えよう』と。正直、上司からすれば面倒な相談だったと思うんです。これまで、社内でUXリサーチを専任でやっている人なんて、一人もいませんでしたから。それでも、『現時点で明確にこれをお願いしたい、とは言えないが、どうしたらリサーチャーだけで一本立ちできるか考えよう』と言ってくれた。とてもありがたかったですね」
それから2年、ロールモデルがあまりいない中、専任リサーチャーとしてキャリアを開拓してきた大草氏。先駆者ゆえの苦労を感じつつも、充実した日々を過ごしている。
「そもそも、まだUXリサーチャーという職種そのものの認知度が低いので、新しく仕事をする人にイチから説明をしなければならない大変さはあります。
それでも、ちゃんと説明すると興味を持ってもらえますし、私の仕事によってプロダクトにしっかり貢献できれば、リサーチャーの価値を高めていくことができると思います。自分が好きで選んだリサーチャーという仕事がもっと認められ、その道のプロフェッショナルが増えていけば嬉しいですね」