入社後は「デザインをしない」ことを選択。企画の視点を持つデザイナーに
表現だけではなく、中身から変えられる場所でデザインをしていきたい
──小磯さんのキャリアについて教えてください
大学でグラフィックデザインを学び、卒業後は広告業界に入りました。入社した頃に手がけていたのは、いわゆるクラシックなグラフィックデザイン。フォントのカーニングに何時間もかけるようなやり方でつくられていくものです。当時は、UXよりも「表現」の部分に強く意識が向いていたと思います。そんな中で、映像のディレクションなど、制作するものの幅が広がっていきました。デザインの賞をいただいたりもして……次第にデザイナーとして自信をつけていく中で、葛藤も大きくなっていったんです。「つくっているのものが、本当に役に立っているのか?」と。
受賞をするようなデザインというのは、どうしても玄人に受けるデザイン、「デザイナーのためのデザイン」になってしまう。それは、ユーザーの方を向いていないのではないか、と。
──なるほど。もっとデザインをユーザーのために使いたい、と思うようになったんですね
そうなんです。広告というのは良くも悪くも瞬間的な営みです。そうした枠組みの内側で、中長期的な目線からユーザーのためになるデザインを突き詰めていくことは難しい。だから、事業会社のように、表現だけではなく中身から変えられる場所で、デザイナーとしてサービスやブランディングに関わってみたい、と思うようになりました。
自分の意思で「いっさいデザインをしない」期間をつくった
──そしてリクルートに入社。小磯さんの働き方は、どんな風に変わりましたか?
リクルートに入社してすぐにジョインしたプロダクトは『リクナビNEXT』です。このプロダクトでは自分の意思で、「いっさいデザインをせずにプロダクトマネージャーとして活動する」という動きをしました。デザインディレクターとして入社したのに、いきなり「デザインをしない」という選択をしたんです。こういうことを「やりたい」と言えばやらせてもらえるのが、リクルートの魅力だと思います。
──それにしてもなぜ、プロダクトマネージャーに専念したのですか?
今後、デザインディレクターとしてプロジェクトを推進していくためには、プロダクトマネージャーとデザイナーの業務をブリッジできる人材にならなくては、という思いがあったんです。多くの組織でよく指摘される問題ではありますが、プロダクトマネージャーとデザイナー、両者の期待することと、実際の業務とが、なかなか噛み合わない状況がありました。プロダクトマネージャーからすると「期待したデザインが上がってこない」という不満がある。デザイナーとしては「ワイヤーフレームの精度が低い」「スケジュールがコロコロ変わる」といった点に困っている。これを解決するためには、プロダクトマネージャーの視点もデザイナーの視点も持っていなければならない。だからまず、プロダクトマネージャーが企画をする際にどんなことを大切にし、どういう考え方で仕事を進めるのかを、経験の中で学んでいきました。
──その「留学経験」は、小磯さんの力になりましたか?
僕にとっては本当に大変な体験でしたが、めちゃくちゃ勉強になりました。リクルートのプランナーはロジックが強いんですよ。データを分析したり、ビジネスロジックから戦略を設計したり。「プロダクトマネージャー」と呼ばれる職種の持つ責任範囲がとても広い。だからどうしても、デザインは下請けのようなポジションに収まりがちでした。でも、プロダクトマネージャーの業務内容を理解したことで、ビジネスロジックとデザインとを、どう併走していけるか考える土台ができたんです。
デザインの価値を定義するために、できることはたくさんある
──デザインディレクターに戻ってからは、どんなことをしたのですか?
まずはフローの改善です。
半年ほどかけて、プロジェクトに関わるプロダクトマネージャーとデザイナー全員にヒアリングをしました。そうして吸い上げた問題を整理して構造化し、プロダクトマネージャーとデザイナーの業務をスムーズにブリッジできるようなフォーマットをつくりました。
次に手掛けたのが品質改善です。
これは中長期的な取り組みなので、すぐに「改善できました」といえるようなものではありません。改善を進めていくための仕組みをつくる必要がある。そこで、「そもそも品質とは何なのか?」ということから定義していきました。
──品質とは何かを定義する。とても重要な作業ですね
そうなんです。とはいえ、先人たちが築いてきた理論がありますから。基本の考え方としては「狩野モデル」を援用しました。これは、クライアントやユーザーが求める品質をモデル化した考え方として有名なものです。狩野モデルでは、サービスやプロダクトを5つの品質要素によって評価します。「当たり前品質」「一元的品質」「魅力品質」「無関心品質」、そして「逆品質」です。サービス全体で一貫性のあるデザインを担保するためには、まず、あって当たり前とされる基本要素である「当たり前品質」を改善していく必要があります。しかし、リクルートのプロダクトは、古いものだと90年代の半ばにスタートした歴史を持っている。当時の考え方でつくられたデザインと、現在のユーザーが操作しやすいと感じるデザインとは異なりますから、この「当たり前品質」を担保するだけでも大変な作業になるんです。
──レガシー改修……!
はい。デザイナーとしては地味な作業ですよね。しかし、この改修そのものの生産性を改善していくことで、プロダクトの品質が高まっていきます。できることはたくさんある。例えば、ガイドラインのアップデート。コンバージョンボタンの色を統一するとか、定義しきれていない部分を、まずは直していく、とか。
一つひとつは小さな作業なのですが、こうした作業がデザインの価値を定義することにつながっていくと思っています。先ほど、「デザインは下請けのようなポジションになりがちだった」と言いましたが、今は、そうした位置関係が変わっていく過渡期だと考えています。会社としてもプロダクトとしても、デザインを重視していく潮流が起きている。それをどう活かすかは、デザインディレクター次第です。ビジネスのロジックを理解した上で、デザインという手法を上流に食い込ませる。
デザインで価値を返していくために、こだわり続ける
──今はどんなことをしていて、これからどうしていきたいですか?
2020年からは、『カーセンサー』という、自動車に関するプロダクトのチームにジョインしています。WEBやアプリケーションの改修、磨き込みなどを担う一方で、デザインディレクターとして進捗を管理したり、クオリティをチェックしたり。デザイナーのリソース管理も業務のひとつです。
プロダクトが変わったとしても、課題感は変わりません。プロダクトマネージャーとデザイナーがスムーズに連携できるように情報を整理し、プロダクトのデザイン品質が担保できる仕組みをつくる。それがデザインディレクターのミッションです。
直近の課題としては、『カーセンサー』の中で、デザインの価値を定義しきれていないので、まずはそこを頑張りたい。僕にとってデザインはとても大事なものだし、デザインにこだわることでユーザーやクライアントに価値を返していけると信じています。デザイナーもプロダクトマネージャーも事業の決裁者も、共通認識として「デザインの価値」を持てるような組織にしていきたいです。