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「心理学と行動経済学を活かした“伸びる”プロダクトデザイン」とは?


2022年9月9日〜11日にかけてオンライン開催された「デザインの実践知があつまるカンファレンス」(主催:株式会社ビビビット)。現場で働く全てのデザイナーの挑戦や活躍を後押しするため、多種多様な企業のクリエイティブディレクター、デザイナー、プロダクトマネージャーが登壇。それぞれが現場での実践から得た、貴重なナレッジ「実践知」が3日間にわたって発信された。
 
リクルートからも、プロダクトデザイン室のグループマネージャー・反中望と松村草也が登壇。テーマは「行動変容デザイン」。両者が翻訳に携わった『行動を変えるデザイン -心理学と行動経済学をプロダクトデザインに活用する』(Stephen Wendel)の内容とリクルートの事例をベースに、「行動を変えるデザイン」のノウハウをハンズオン形式で紹介した。
 
※イベント内容の一部を抜粋・編集しています。
 
 

プロダクトの目的は「ユーザーのより良い行動」を促すこと


 
はじめに、プロダクトデザイン室グループマネージャーの反中望が登壇。
そもそも「行動変容デザイン」とは何を指すのか? また、それを実践するためには、どんな視点やアプローチが必要なのか? 『行動を変えるデザイン』の内容を引用しつつ、基本的な考え方やポイントについて解説する。
 

反中望(株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクトデザイン室 グループマネージャー) 東京大学文学部卒業後、同大学院学際情報学府修士課程修了。システムエンジニアを経て、2008年に株式会社ビービットに入社。金融・教育・メディア等、様々な企業のUX・デジタルマーケティングのコンサルティングに従事。2015年に株式会社リクルートテクノロジーズ入社。 『ゼクシィ』『SUUMO』『カーセンサー』などのサービスでプロダクトマネージャーやUXデザイナーを歴任しつつ、領域を横断するナレッジシェアの仕組みづくりに奔走。
 
 
反中「はじめに、行動変容デザインとは何を指すのか? ここ数年、この言葉を体現するような“ユーザーの日常を変える、イノベーティブな新しいプロダクト”がいくつも登場してきています。そのなかでもいくつかの具体例を紹介していますが、例えば、『あすけん』というアプリは、日々の食事と行動を記録し、より健康になるための習慣をつけるサービスです。また、『マネーフォワードME』は家計簿をチェックし、お金を管理する習慣をつけるプロダクトですし、『Cure App』は高血圧やニコチン依存などを治すための生活習慣を支援するアプリです。
 
弊社リクルートの事例でいえば、『スタディサプリENGLISH』。これは、英語を学習する習慣をつけるためのサービスです。さらに、このあとの体験パートでも使用する『Airメイト』は、飲食店などのオーナーさんが適切な経営管理を行う習慣をつけるためのサービスとなっています。
 
このように、さまざまなシーンで行動変容を促すためのアプリ、サービスが数多く生まれています。全てに共通するのは、“ユーザーの行動をより良いものに変える”ことを目的としている点。
 
ということは、これらのプロダクトを手掛けるデザイナーやプロダクトマネージャーも『どうすればユーザーの行動を変えることができるのか』という点を強く意識することが、とても大切なのではないでしょうか」
 
 

行動変容デザインを実践するためのフレームワーク


 
では、「ユーザーの行動を変えるデザイン」を実践するためには、どんな思考が必要なのか? 反中は、そのプロセスには大きく3つの流れがあると語る。
 
(1)ターゲットアクションを考える
(2)全体のストーリーを考える
(3)行動までのファネルを考える
 
反中「1つ目の“ターゲットアクション”ですが、これは“誰に何をしてもらいたいか”を考えること。より具体的に言うと“誰の、どんな行動で、どんな成果を目指すのか”を明確に定義するということです。
 
例えば、ダイエットを支援するアプリであれば、“誰”は“お腹周りが気になる人”であり、“成果”は“何kg減量する”と定義できます。次に、その成果を得るためには“どんな行動”が必要なのかを考えてみる。すると、例えば『毎日の運動を支援するサービスを作ればいいんじゃないか』といった具体的なアイデアが浮かびます。
 
とはいえ、それまで運動の習慣がない人に、いきなり『毎日30分運動しましょう』と提案しても実践してもらうのは難しいですよね。そこで、まずは毎日5分だったり、近所を歩いたりするようなところからサポートする。実用可能な最小限のアクション(MVA)にまで削ぎ落として考えることが大事です」
  


反中「2つ目は“全体のストーリーを考える”。いわゆるカスタマージャーニーマップやストーリーボードのような手法を用い、ユーザーがその行動をとり、目的達成に至るまでのストーリーを作るステップです。それを考える際のポイントは、『状況(=環境の構築)』『流れ(=行動の構造化)』『物語(=ユーザー自身の準備)』の3点セットを用意してあげること。
 
例えば、エクササイズゲームの『Fit Boxing2』には、この3つの要素がうまく組み込まれていると思います。まず、“思い立ったらすぐにできる”
という『状況』と、“1日3分からでOK!”という行動の『流れ』を設定し、“有酸素運動で汗をかき、健康的に痩せる”というユーザーの『物語』を作っているんです」
  


反中「3つ目は“行動までのファネルを考える”。ユーザーがその行動に至るまでの心理プロセスをフェーズ化し、それぞれについて細かく検証・改善していくことです。
その際に用いたいのが『CREATEアクションファネル』という手法。CREATEとは、以下の65段階のプロセスの頭文字をとったものです。
 
(1)Cue(キュー):あっ
(2)Reaction(反応):やりたいなあ
(3)Evaluate(評価):やったらいいことあるかなあ
(4)Ability(能力):やれそうだなあ
(5)Timing(タイミング):今やりたいなあ
(6)Experience(経験):前もやってよかったしなあ
 
この6つの段階のどこかが目詰まりしてしまうと、行動変容にはつながりません。つまり、サービスを使ってもらえないわけです。そのため、CREATEのなかで障壁になっている要素を見極め改善していくことが重要です」
 

反中「以上が、私からお伝えしたい基本的なポイントです。ここから先は、リクルートのプロダクト『Airビジネスツールズ』を題材に、ハンズオン形式で行動変容デザインを体感していただければと思います。では、松村にバトンタッチします」

ユーザーの“心理的ハードル”を探り、解決策を考える


 
ここからは、同じくプロダクトデザイン室グループマネージャーの松村草也が登壇。視聴者も参加し、前述のフレームワークを用いた「行動変容デザイン」の思考プロセスを、実際に体感してもらう形で共有した。



松村 草也(株式会社リクルート プロダクト統括本部 プロダクトデザイン室 グループマネージャー) 東京大学工学部卒業後、同大学院工学系研究科修士課程修了。2010年株式会社リクルートコミュニケーションズ新卒入社。『SUUMO』『カーセンサー』『リクルートエージェント』『タウンワーク』『リクルートダイレクトスカウト』などのサービスでプロダクトマネージャーやUXデザイナーを歴任しつつ、領域を横断するナレッジシェアの仕組みづくりに奔走。
 
 
松村「題材として用意したプロダクトは、「Airビジネスツールズ」。そのうち、『Airレジ』と『Airメイト』を、架空の珈琲店『まめつぶコーヒー』の店長さんに使ってもらうためにはどうすればいいか、みんなで考えていきましょう」
 
<使用するプロダクト>
・Airビジネスツールズ
飲食店などの店舗運営にまつわる、さまざまな業務を支援するツール。会計業務をスムーズにするPOSレジアプリの『Airレジ』や、お店のキャッシュレス決済サービスの『Airペイ』のほか、売上目標の設定や管理、店舗の課題や改善の方法などを提供する“経営アシスタント”ツール『Airメイト』などがある。
 
<想定するカスタマーのペルソナ>
・まめつぶコーヒー
無類のコーヒー好きであるオーナーが「その美味しさを多くの人に味わってほしい」とオープン。より美味しいコーヒーを淹れる研究に没頭したいが、店舗運営や経営にまつわる煩雑な業務に追われ、思うように時間がつくれていない。特に大変なのが、会計業務や毎日のレジ締め作業。そこで、Airレジを導入したものの、まだ十分に活用できていない。最大の壁は、機能を利用するために必要なメニューの登録。膨大なメニューを一つひとつ登録するのが面倒で、なかなか手をつけられずにいる。
 
松村「というわけで、最初のお題は“まめつぶコーヒーのオーナーが『Airレジ』を使い始めるにあたり、どんなハードルがあるか”“そのハードルをどうやって超えるか”。これを考えていきたいと思います。まずは今回のまめつぶコーヒーのケースを、先ほど反中が紹介した“ターゲットアクション”に当てはめてみましょう。


 
・「アクター(誰の)」……まめつぶコーヒーの店主
・「アウトカム(得たい成果)」……会計・売上の管理が楽になり、コーヒー作りに時間を割ける状態にしていきたい
・「アクション」……Airレジで日々の会計業務を行う
・「MVA(実用可能な最小限のアクション)」……そのための必要最低限の行動として、まずはメニューの入力をしてもらう
 
松村「チームでプロダクトデザインに取り組む際に大事なのは、メンバーの目線を合わせることです。何を目指すのか、どのフェーズにどんな課題があり、どんな施策が考えられるのか。こうした目線合わせの議論を行う際には、上記のフレームワークや、CREATEアクションファネルが役に立つと思います。さて、それでは視聴者のみなさんから投稿いただいたアイデアを見ていきましょう」

チームでプロダクトデザインに取り組む際に大事なのは、メンバーの目線を合わせることです。何を目指すのか、どのフェーズにどんな課題があり、どんな施策が考えられるのか。こうした目線合わせの議論を行う際には、上記のフレームワークや、CREATEアクションファネルが役に立つと思います。
 

 
 
松村「最初の投稿です。店長の心理的ハードルとして、まずは“キュー”の部分で『一人で設定ができるか不安』、それを超えるための施策として“サポートセンター”を挙げてくれています。これは、とても大事な視点だと思います。実際の『Airビジネスツールズ』のチームでも、利用者のサポートを専門とするクライアントサクセスというチームがあります。そうした人的な支援だったり、例えば、すぐにできる対応策として“FAQサイトをしっかり作る”といったことも考えられますよね」
 


 
反中「次の投稿は、店長の心理的ハードルが“タイピングが苦手”。そして、その解決策として“音声入力ができるようにする”ということですね。これも、すごくいいアイデアです。確かにタイピングが苦手な人もいるでしょうし、飲食店の場合は調理などで手が濡れていることも多いので、タイピング以外の方法で入力したいという需要はかなりありそうです」
 


 
 
反中「次は、“入力作業の心理的ハードルを下げるため、インタラクション体験の向上を意識する”ということですね。これも、本当に重要な視点です。業務支援というとどうしても堅いイメージがあるので、インタラクションデザインによって操作すること自体を楽しいと感じてもらえれば、心理的ハードルはかなり下がると思います」
 


店主の思いに寄り添えば、あるべきデザインが見えてくる


 
反中「続いて、『Airメイト』を豆粒コーヒーに使ってもらうためのアイデアを考えていきましょう。『Airメイト』のメインの機能として、“お店の売上目標を入れると、それに対する月ごとの達成率が表示される”というものがあります。つまり、多忙なオーナーでも月次でしっかり経営サイクルを回していくためのツールなのですが、豆粒コーヒーの店長さんは“美味しいコーヒーをつくること”が最優先で、数字まわりのことを考えるのが少し苦手。そんな店長さんに、このツールを役立ててもらうためには、どうすればいいでしょうか? こちらもまずは、“ターゲットアクション”に当てはめてみましょう」
 
・「登場人物」……店長さん
・「得たい成果」……経営が楽しくなり、売り上げの向上を実感できる。
・「アクション」……売上目標を立てる
・「MVA(実用可能な最小限のアクション)」……まずは「毎月の目標」に入力してもらう
 
反中「では、こちらをふまえて投稿いただいたアイデアを紹介していきます」
 


 
 
反中「“数字が苦手だったり、目標の立て方が分からない”人へのアプローチとして、“そもそも難しい計算式を見せない”という投稿があります。これも、すごく重要なことですね。」


 
反中「他にもたくさんの投稿をいただいていますが、終了時間が迫ってきましたので、最後に一つだけ。店長さんの心理的ハードルとして“目標を金額で考えることに抵抗がある”と。そこで、“金額ではなく、お客さんに何杯のコーヒーを届けるかを目標にする”というアイデアです。
 
これは素晴らしい視点ですね。確かに、飲食店をやられている方は『たくさんのお客さんに喜んでほしい』という思いが強い。ですから『より多くの人にコーヒーを飲んでほしい』という目標を可視化できるよう、デザイン上で金額とコーヒーが出た数を切り替えられる仕様にすると、ツールを活用していただく動機になりそうです」
 


 
 
ラストの質疑応答では、視聴者からさまざまな質問が寄せられた。
 
例えば、「(行動変容デザインの実践にあたり)心理学者をメンバーに入れたり、意見を聞いたりすることはありますか?」という問いに対して反中は、「外部の専門家へのヒヤリングは特に行っていませんが、チーム内に心理学を学んでいたメンバーは複数人います。また、私や松村にそうしたバッググラウンドはありませんが、やはり仕事を通じて日々ユーザー心理を学んでいます。学んだことを実践し、また新たな学びを得て……という繰り返しで知見が積み重なっている形ですね」と回答。
 
また、「CREATEアクションファネルのフレームワークは、企画やリサーチの段階でも活用できるのでしょうか?」という質問には、「このフレームワークは、幅広いフェーズで活用できます。例えば、ゼロから新しいプロダクトを立ち上げるとき、あるいは既存のプロダクトに新しい機能を追加するフェーズなどでも、ターゲット像を考える際に役立ちます。また、リリースしたプロダクトを改善していくフェーズでも、なぜ、うまく使われていないのか、どこが目詰まりしているかを見極め、対応策を講じる際に活用できる。比較的、汎用性の高い手法ではないでしょうか」と回答した。
 
 
「行動を変えるデザイン」のための基本的なポイントと、具体的なアプローチが語られた今回のプレゼンテーション。後半の実践パートは、ほんのさわり程度に留まったが、このフレームワークを自社のプロダクトに当てはめつつ議論を深めることで、今よりも明確にユーザーの心理が見えてくるはずだ。
 
興味を持った方は、『行動を変えるデザイン -心理学と行動経済学をプロダクトデザインに活用する』の著書もご覧頂きたい。


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