Design in Perilous Times - Interaction21参加レポート
こんにちは。リクルートのSaaS領域のプロダクトデザイン組織を担当している鹿毛です。今回はInteraction21というグローバルカンファレンスに参加してきたレポートをまとめています。関連するリクルートの取り組みや事業も折に触れながらお伝えします。
Interaction21とは
Interaction21とは、IxDAというインタラクションデザインのコミュニティが主催する年次のグローバルカンファレンスです。昨年はCOVID-19が流行する直前に、イタリア・ミラノで開催されました。今年はカナダ・トロントでの開催が予定されていましたが、昨今の世界情勢に鑑み、オンラインで開催。住んでいる国や地域のタイムゾーンに合わせて、南北アメリカ・アジア・欧州中東の3つのタイムゾーンに分けられたプログラムから、参加する時間帯を選ぶことができるという工夫がされています。
Interaction21は学生向けの教育コンテンツ、各国のローカルリーダーの会合、ワークショップ、キーノートを含むプレゼンテーションでプログラムが構成されています。私は3日間に渡るカンファレンスと3hのワークショップに参加しました。プレゼンテーション1日ごとにテーマ(初日は「Anger」、2日目は「Accountability」、3日目は「Action」)が掲げられ、Konfというオンラインカンファレンスに特化したサービスを用いて開催されました。カンファレンス中の参加者間のコミュニケーションはSlackとMiroのボードを用いる形式が取られています。ランチタイムにはケベックの伝統料理を画面越しに一緒に作る企画や、ドラァグクイーンのパフォーマンスが配信される企画などがあり、リアルで開催されていた時の熱量をオンラインでも再現しようと様々な工夫がされていました。
<Interaction21のKonfセッション一覧ページ>
Interaction21全体で感じたこと
気候変動をはじめとする地球環境や、人種・性・障害などの多様性、COVID-19流行によるメンタルヘルス患者増などのパラダイムに目が向けられ、その中で求められるスタンスや手法、実践についての共有に多くの時間が使われていました。デジタルプロダクトにおけるインタラクションデザインのノウハウやTipsの共有も含まれますが、抽象度の高い内容が多かったように思います。昨年参加した際に自組織のメンバーに共有したまとめの資料を見返してみると、「HCIからSystems Interactionへ」「Post Human-Centered Design」「データの人間性の回帰」を私なりのまとめとして共有していて、大きな流れは昨年から引き継がれているように感じています。
「未来は自分たちの手にかかっている」とでも言わんばかりの、世界のパラダイムに対する当事者としての行動を提起される3日間でした。この記事の中では、参加したワークショップと、印象に残ったプレゼンテーションについて触れたいと思います。
ワークショップ:
Forget artefacts. Design speculative lifeworlds instead!
モノから離れ、まだ見ぬセカイをデザインせよ!
例えば「同じ場所で最大1000枚までしか写真を撮影することができない世界」での経済的な価値基準は現世とどのように異なるのか。その世界に住む人はどのような食事体験をするのか。上の動画はこのワークショップの題材として用いられた「Camera Restricta」というショートフィルムです。
とある仮定のもとに描かれた世界における、経済、政治、社会、技術の在りようや、学習の仕方、教え方、書き物、食事、デート、旅行、料理、働き方などの日常生活のシーンを描くワークショップに参加しました。タイトルに含まれている「Lifeworld」とは、仮定のもとに描かれた世界における日常と文化的・社会的・技術的な環境などのコンテキストを表す言葉です。
「スペキュラティブデザイン」という言葉を目にすることがここ数年増えてきましたが、事業会社の中での実践において、どのような課題感があるときに活用すると効果的なのか、肌感覚を持って理解することを目的に参加しました。冒頭で挙げたような極端なLifeworldの設定をせずとも、事業で掲げているビジョンや長期戦略が実現された世界や、COVID-19の感染防止のために変化したものが当たり前になっている世界などを題材にしてみることで、5-10年程度先の未来の姿を組織で共有し、実現に向けたロードマップを描く基礎作りとして活用ができる取り組みだと感じました。
具体的な段取りを紹介します。
1.題材を理解する
1-1.とある仮定のもとに描かれた世界を表す動画(3-4min)を視聴
2.マクロな視点で分析する
2-1.その世界における経済・政治・社会・技術の特徴を付箋に書き出す
2-2.経済・政治・社会・技術それぞれについて各自がもっとも言い得ていると思うものに投票する
2-3.投票されたものの中で類似のものをまとめるなど整理する
3.ミクロな視点で日常を作文する
3-1.2-3で整理されたものの中から取り上げたい3つを選定する
3-2.学習の仕方、教え方、書き物、食事、デート、旅行、料理、働き方の中で物語を作りたいテーマを選ぶ
3-3.選んだテーマに関する物語を3-1で選んだその世界の特徴を参考にしながら作文し、タイトルをつける
共通の題材から多様な切り口で未来の生活シーンを共有できる
鳥の目と言われるような大きな視点から、虫の目のような細部の視点まで網羅的に思考するきっかけを作ることができるのが、このプロセスの利点と感じました。仮定のもとに作られた題材を「未来を想像して作られた世界」と捉えると、長期の視点が題材に含まれるという意味で、魚の目も含んだプロセスと言えるでしょう。未来に想像される世界を、経済・政治・社会・技術という大きな視点を持って変化を記述することから始まり、日常生活でのとあるシーンを作文することで、要素間の整合性や、冒頭の動画では全く描かれることのなかったシーンを推測するきっかけを作ることができます。
「学習の仕方、教え方、書き物、食事、デート、旅行、料理、働き方」という様々な切り口が用意され、参加するメンバーそれぞれで対象を選定するので、最後の作文のアウトプットも千差万別です。同じ題材でも様々なシーンにおける出来事を共有することができ、各自のアウトプットのオリジナリティが高いので、自分1人では得られない発見が多く、学びのあるワークショップでした。
気候変動による世の中の価値観の変化や、COVID-19による生活習慣や経済状況の変化、性別・国籍・障害などの多様性に適用した社会変化など、世界のパラダイムに対して、私たちが未来の具体的な生活シーンを想像するきっかけにできる内容かと思います。
さてここからはInteraction21のカンファレンスで発表のあったプレゼンテーションの中から比較的実務に近いものをご紹介します。
プレゼン紹介その1:
HOW DEMOCRATIC DESIGN IS HELPING US CHANGE
変化を後押しするデモクラティックデザイン
https://interaction21.ixda.org/program/talk--mauricio-estrella
中国のIKEAでデジタルデザインの責任者を務めるMauricio Estrella(通称Momo)は、IKEAの家具などの物理的な製品に対して掲げられているデザインプリンシパル(Democratic Design)を、スマートフォンアプリケーションなどのデジタルプロダクトに対してどのように適用しているかを解説しています。
Function→Practical
Form→Desirable
Quality→Usable
Sustainable→Sustainable
Price→Accessible
この中でも特にSustainableとAccesibleの2つはどこまでいってもやりすぎているということはなく、よりよくできる余地が必ずあるとし、デザイナー自らが声をあげて課題提起すべきものであると述べています。IKEAではSustainableというプリンシパルを、「人々と地球のためにより良い選択を促すようにデザインせよ」と定義し、製品を長く使うためのノウハウを提示したり、エコな配達のオプション選択を促したり、電力消費が少ない商品であることを伝えるようにしたりと、地球に優しい選択をどのような場面で促しているのかを具体的に例示しています。
<IKEAにおけるSustainableの例>
気候変動やインクルージョンの問題は他人事ではない
発表者のMomoは最後に「どのような未来にしたいのか」とオーディエンスに投げかけ、環境問題に対して当事者としての具体的なアクションを促す、印象に残るプレゼンテーションでした。他のプレゼンテーション(CARBON-CONSCIOUS DESIGN: THE IMPACT OF UX PRACTICES ON ENERGY EFFICIENCY AND CARBON FOOTPRINT)の中でも地球環境に優しいWebサービスの事例の紹介がされています。ページ描画によるCO2排出の影響を測るサイトを使うことで具体的な地球環境への影響を測れたり、ダークモードを用いることでの電力消費軽減など我々が実行しうるアクションの紹介もされ、インタラクションデザインのコミュニティにおける環境保全への意識の高まりを感じました。日本においてもSDGsに関連する取り組みを掲げる企業を目にすることが増えてきましたが、グローバルに眼を向けると、そういったSustainableな取り組みが当たり前のものになりつつあり、我々ができることは何かと考えさせられます。
また、IKEAで掲げられている「Accessible」というプリンシパルは、私が担当しているAir ビジネスツールズにおいても、「誰にでも手が届く」というValue(顧客との約束)と近い概念で、とても共感させられる内容でした。私たちも、店舗経営に携わる経営者の方や店舗スタッフの方など、様々な利用者がいる中で、高齢の方も含め様々な人に利用いただけるような設計を心がけています。私たちの取り組みも細部にいたる所までは手が届いていないのが実情ですが、日本の国会においても、障害者差別解消法の改正案が提出され、障害がある人を可能な範囲で支援する「合理的配慮」を企業に義務付ける内容も含まれる可能性があるとのことで、ウェブやアプリケーションにおけるアクセシビリティの配慮が一層求められる機運が高まっていると感じます。
プレゼン紹介その2:
DESIGNING THE CONDITIONS FOR EQUITY – A HUMAN-CENTRIC APPROACH TO TS&CS
すべての人に平等に - 利用規約のデザインプロセス
https://interaction21.ixda.org/program/talk--phil-balagtas
Ts&CsとはTerms & Conditionsの略で、日本語では利用規約を指します。一般的には長文で全てに目を通すにも時間がかかり、大卒者相当の読解力を求められるような内容で、これからすぐにサービスを利用したいシーンにおいて最適であるとは言えません。内容を確認することは稀で、みなさんも利用規約を読み飛ばすことが多いと思います。
一方で利用規約には重要なことが記載されていることが常々あります。プロダクトの利用にまつわるデータの活用範囲や、サービス運営者とユーザーとの間での権利義務関係など、読み飛ばしたがためにユーザーの方が不利益を被ることも起こり得ます。
以上のように、利用規約には重要な内容が記載されている一方で、読み手のことを考えた設計になっていないということに対しての課題提起と解決のためのデザインプロセスの適用可能性をMcKinsey DesignのPhilとSebastianが提唱しています。
利用規約を基礎レイヤー・組織レイヤー・インタラクションレイヤーの3階層に分割して考えます。基礎レイヤー・組織レイヤーを中心とした規約コンテンツの要求・要件の整理を行い、インタラクションレイヤーでは規約ページのデザインだけでなく、どのようなシーンで同意を得るべきか、規約内容の理解を促す仕組み作りなどを検討し、読了率や理解度などをKPIとした改善サイクルを作ると良い、と提言しています。
本質的な意味で利用者の視点に立つということ
利用規約ではありませんが、プライバシーポリシーについてのリクルートでの取り組みもご紹介します。リクルートでは「じゃらん」や「ホットペッパービューティ」などの日常生活で利用するサービスから、「リクナビ」や「スーモ」、「ゼクシィ」などの人生におけるイベントに際してのサービスを展開しています。一個人のプライバシーに関する情報を多分に扱っており、その社会的な影響も大きいことから、2021年2月よりデータ活用の考え方や管理方法、プライバシー保護体制強化の取り組みなどを紹介するプライバシーセンターというウェブページを公開しています。国内外のユーザーを多く抱えている企業を中心に同様の取り組みが進んでおり、サービスそのもの利便性を高めるだけでなく、サービス利用にあたってのリスクを正しく理解してもらうための取り組みに対して関心が高まっていることはとても良いことだなと感じています。
終わりに
今回紹介したプレゼンテーション以外にも「救急センターにおけるサービスデザイン」に関する発表や、「ゲームデザインにおける性差を助長する内容への課題提起」であったり、「認知バイアスとデザインの関係」についての発表など、視野の広がる学びの多い3日間でした。気候変動や多様性などのテーマに対してデザイナーやプロダクトマネージャーがどのように向き合うと良いのか、私自身も答えが明確にあるわけではないですが、普段の業務だけでは向き合う機会の少ない事柄と出会ういい機会だったと捉えています。
2020年度はCOVID-19の影響もあり、海外で実施されるカンファレンスは中止されるケースも多く、物足りなさを感じていました。一方、Interaction21のようなオンライン開催であれば、海外渡航の必要なく、これまでより気軽に参加できることがわかりました。在宅でなかなか他者とのつながりを得難い状況ではありますが、このような機会を通じて同業種の方々との交流を増やしていける1年にできたらと思っています。
リクルートのプロダクトデザイン組織は2020年4月から1つの組織に統合され、社内の数あるプロダクトでの成功・失敗体験を共有する環境ができつつあります。このnote内に記載の内容をはじめ、オンラインでのイベントなどでも社内事例の発信も積極的に行いたいと考えているので、ご興味ある方はnoteのフォローいただければと思います。