顧客のもとに4か月常駐。現場の声を徹底的に拾い、「使われるプロダクト」を開発/「RESEARCH Conference」アフターイベントレポ
2022年5月28日に開催された「RESEARCH Conference」。「リサーチ」をテーマにしたカンファレンスで、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く発信。より良いサービスづくりの土壌を育むことを目的としている。
当日は、UXリサーチャーやUIデザイナーなど、多様なフィールドで活躍するトップランナーがスピーカーとして登壇。それぞれの視点から見たリサーチの価値や、リサーチをどのように始め、どう活かし続けているのか、企業の壁や立場の違いを超えた議論が交わされた。2000名以上が参加し大いに盛り上がった同カンファレンスを経て、8月2日には「〜STARTのその後〜」と題したアフターイベントも開催。そのなかから、ここではリクルートの木村隆介のプレゼンテーションを抜粋し、お届けする。
PROFILE
3社の開発担当者がリサーチのナレッジを共有
リサーチカンファレンス事務局が主催したアフターイベントには、株式会社ビービット、株式会社LIFULL、そして株式会社リクルートの3社が登壇。実際にプロダクト開発に従事する事業担当者から、リサーチをより良いサービスづくりに活かすための技術や工夫が語られた。
リクルートからは、データ推進室 SaaSデータサイエンスグループに所属する木村隆介氏が登壇。木村はメーカーの研究所でAIや機械学習の研究開発を経験後、リクルートに転職。現在はデータサイエンティストとして、ホテルや旅館など宿泊施設の業務支援サービスの開発に取り組んでいる。
具体的なプロダクトとしては、カスタマーからの問い合わせにAIが自動回答する『トリップAIコンシェルジュ』。低価格で自社HPを簡単に作成できる『ホームページダイレクトサービス+』。予約の需要予測を提供して販売戦略の設計を支援する『レベニューアシスタント』の3つ。
今回はそのうち『レベニューアシスタント』開発時に感じたという、「プロダクトの開発担当者が“現場”に常駐してリサーチする重要性」について、自身の経験をふまえたプレゼンテーションを行った。
リクルートでも異例だった「現場常駐型リサーチ」
そもそも「常駐型リサーチ」とは、そのサービスを使うクライアントに常駐し、現場の業務なども体験しながらプロダクト開発に取り組むこと。『レベニューアシスタント』の開発では、木村が4か月にわたって旅館に滞在した。
「リサーチといっても、単に業務を観察するだけではありません。フロント対応や清掃業務など、あらゆる実務を経験し、時には女将の話し相手にもなりました」(木村、以下同)
そこまでやる理由はひとえに「顧客理解を深めるため」。それまでにも「アンケート」や「ヒアリング」、「1日業務体験」などの方法でリサーチを行なっていたものの、表面的なことしか見えず、クライアントの本当のニーズやウォンツは掴めなかった。そこで、思い切ってクライアントの懐へ飛び込み、密着することに。
常駐にあたり、最初に行ったのは徹底的な事前準備。まずは何より先方に受け入れてもらうために、自身の見た目を“旅館仕様”に変えるところから始めたという。
「宿泊施設の方々にとって、きちんとした格好や丁寧な対応は当たり前。そこで、先方に受け入れてもらうため、髪型を変え、服も新調しました。
その上で、現場の方々への周知をお願いして、宿泊施設の中 に『リクルートの人が来ているから、ヒアリングされたときは協力してあげてね』という旨の張り紙をしてもらうなど、リサーチしやすい状況を整えました」
常駐して現場の実務を経験するなかで、さまざまな発見があったという木村。たとえば「予約担当者の仕事時間から逆算すると、『レベニューアシスタント』を使う時間は1日5分くらいかもしれない」など、現場でのリアルな使用状況が見えてきた。また、従業員の「生の声」も、非常に大きな知見になったと振り返る。
「現場にはITツールに詳しくない方もいますし、ツールを使いづらいと感じても上司に対して意見をはっきり言えないとおっしゃる方もいます。そうした方から本音を引き出すには、同じ環境で長い時間を過ごすことが重要なんだと、常駐して初めて理解できました。実際、『この機能はちょっと使いづらい』といった忌憚のない意見も聞くことができたと思います」
こうした本質を掴めたことで、プロダクト開発の検討スピードは飛躍的に向上したという。
「常駐前は、オフィスでメンバーと侃々諤々の議論をしていました。けれども、やっぱり現場の状況を知らないため、空中戦のような議論になってしまう。結果、2か月かけてプロトタイプを作っても、現場では全く使ってもらえないこともありました。
でも、現場常駐型のリサーチを開始してからは、実際にツールを使う従業員の方の意見をふまえてPDCAを回しているので、しっかり活用されるプロトタイプを、わずか1週間ほどで作れるようになったんです。また、自分自身が実務を経験したことで、もはやクライアントに聞かなくても使い勝手の良し悪しを判断できるほどになりました」
開発担当者が「現場を知る」ことで、グループ全体のコミュニケーションも円滑に
今回の常駐型リサーチではデータサイエンティストの木村だけでなく、プロダクトマネージャーやエンジニアなども現場に滞在。これにより、開発チーム以外とのコミュニケーションが円滑になったという。
「普段、現場から遠い場所にいるプロダクト開発の担当者は、クライアントの実態にそぐわない的外れな仮説を立ててしまったり、よく分からない機能を提案してしまうこともあります。その結果、営業やカスタマーサクセスといった、現場に近い人たちから不信感を買ってしまうことも。そこで、プロダクトマネージャーやエンジニアなどが現場に入り、実情を深く理解して目線を揃えられれば、相互理解を促進できると思います」
ただ、常駐の実現には、さまざまな壁もあったという。ひとつは、社内の理解を得ること。もうひとつは、常駐を許可してくれるクライアントを探し出すこと。
「社内の説得に関しては、常駐によるリスクを洗い出すとともに、そのリスクへの対策をロジカルに説明して理解を得ることができました。常駐を許可してくれるクライアント探しは、まず旅館やホテルと普段から接している社内の営業担当者と仲良くなるところからスタートしました。そして、その営業担当を通じ、クライアントが日々の業務で抱えている悩みや困りごとを解決したいという熱い思いを伝えてもらったんです」このように、決して一筋縄ではいかなかった現場常駐型リサーチ。しかし、苦労の甲斐もあり、多くの成果を得ることができたと木村は振り返る。
従来の手法に行き詰まりを感じ、常識にとらわれない大胆なアプローチでリサーチの価値を実証した好事例。おいそれと真似のできないやり方だが、チャレンジする価値は大いにありそうだ。