大学で講義してみて、「人に教える」がナレッジの完成形だと思った話
この記事は リクルート プロダクトデザイン室 アドベントカレンダー 2022 3日目です。
SaaS領域でデザインディレクターをしている松林景子と申します。今日は、千葉工業大学でゲスト講師として講義をしてきた話を書こうと思います。その前に簡単に自己紹介をします。
千葉県市川市生まれで地元を愛してやみませんが、現在は横浜市に住んでいます。美術大学を卒業後、新卒で複合機メーカーに入社し、デザイン部で行政や金融機関向けの帳票管理システムのUIデザインを担当していました。2016年に長女、2018年に長男を出産し、産休育休と復職を経た後、2021年12月に株式会社リクルートに転職し、1年が経ちました。
先生の気持ちが分かる人間になりました
前職でもデザイン業務と並行しながらその取り組みをまとめ、何度か外部発表をする機会がありました。今回の講義を担当することになったのは、その発表を見ていた先生から依頼をいただいたことがきっかけです。当初、講義をするにあたって面倒な社内申請等が煩わしいと思い、半休を取って趣味で行こうとしていました。しかし上司に相談したところ、せっかくの機会なので、私が所属しているリクルートのデザイン組織を知ってもらう活動として業務でお受けすることとしました。
私が講義をしたのは「ヒューマンインタフェース論」という授業で、ヒューマンインタフェースの概念と仕組みや技術、それらをデザインするための手法をいかに習得するかといった内容で構成されています。事前に先生からは「学生時代の学びは仕事に活きているのか」「実際の仕事の中でどのようにデザインをしているのか」といった、普段の授業だけでは学生に伝わりにくい部分を話してほしいという依頼がありました。
先生の気持ち、今ならとても分かります。なぜなら私は学生時代、教授の言っていることが一体何なのか分からず、辛い思いで授業を受けていたからです。それが分かるようになったのは、社会に出て実際にデザインをして、過去の授業内容が仕事と結びついたときでした。そのため、今回の講義では社会での実践に重きをおいた「実践から⾒えたデザイナーの役割」というテーマで話し、学生が授業で学んでいるであろうデザイン手法が、その先の仕事での実践につながっていることが伝わるよう心がけました。
講義で何を話したか
大学時代のあゆみ
当時、分からないことだらけの私の学生時代でも「デザインってそういうことか!」と気づく印象的な場面が何度かありました。これらの体験がなければ、今こうしてデザイナーをやっていないかもしれません。そこで今回の講義では、「大学時代のあゆみ」として1年生から卒業制作展を終えるまでに、具体的にどのような授業や出来事があって、何をきっかけに、何に気づいたのかその過程を話しました。
仕事紹介
また、現在の仕事紹介として、飲⾷店向けオーダーシステム『Airレジ オーダー』で、プロトタイプを見せながらヒアリングをし、要求を発端に、より汎用的に機能を定義した事例を話しました。
背景として、「お通しを⾃動で注⽂して欲しい」といった要望があったため、当初「お通し⼊⼒忘れ防⽌機能」を検討していました。しかし、ヒアリングを進めるうちに「実はお通し以外にも来店処理と⼀緒に行いたいことがある」という想定していなかったユースケースを把握することができました。それにより、「最初に必ず入力するリスト」として活用できる機能を提供した事例です。
この事例のポイントは、最初から「お通し機能」という言葉を使っていたら「うちはお通しやってないんだよね」で終わってしまう可能性があったところを、キーワード先行で進めず、プロトタイプをクライアントと一緒に見ながら、顕在化されていない課題を引き出したことにありました。これにより、お通しだけに留まらず、カスタマーの性別など来店時に入力したい内容にも対応することができました。
デザイナーの役割
最後に、前職と現職のデザイン業務をどちらも経験した上での「デザイナーの役割 - 私が思う大事なポイント」を3つ挙げました。
未知のことに対して仮説を⽴て可視化する
ユーザーを理解し本質を⾒定め具現化する
クライアントや協働者との共通理解をつくる
「可視化」はデザイナーの大きな役割ですが、対象となるユーザーや業務、プロダクト開発のフェーズ、ステークホルダーに合わせて、その可視化の方法や抽象度をコントロールすることが求められていると感じています。
今回の講義は115名に聴講いただき、話し手にとってはあっという間の90分でした。学生からは「立ち上げ期のプロダクトのデザインは、どのくらいの期間でどう作られるのか」「エンジニアを目指しているが、デザイナーから見て協業しやすいエンジニアとはどのような人か」などの実践的な質問が出てきました。なかなか鋭く、即座に回答するのは難しい質問ですね。
また、「就活をどう乗り切ったか」「なぜその会社に就職したのか」といった、学生の立場から見てリアルな質問もありました。
講義を終えて
担当の先生からは「普段の授業より明らかに学生が興味を持って聞いていた。やっぱり仕事の話は面白いんだよ」とコメントをいただきました。私が学生時代に「デザインってそういうことか!」と気づくきっかけを与えてもらった恩を、時空を超えて、この講義で還元できていると良いなと思いました。
一方で、分かりやすい教材として「お通し」のヒアリング事例をお話ししましたが、学生からは「言葉ひとつで方向性が左右されるデザイナーの仕事はとても出来そうにありません」というコメントもありました。このコメントから、学生がデザイナーの仕事とは表面に現れるユーザーの言葉のみに頼らず、本質的なニーズを探ることなのだと理解し、そこに困難さを感じていることがうかがえました。
そして、今回の取り組みから派生して感じたのは「活動の振り返りと言語化の大切さ」です。そもそも、この講義のきっかけとなった取り組みも、言語化がなければ誰の目にも触れることなく、講義を依頼されることもなかったでしょう。最近の私は目の前の仕事をこなすだけになり、案件をリリースしたら記憶喪失になってしまっていて、もったいないと感じていました。食材を買ってきて料理して盛り付けまでしたのに、それを食べて栄養とせずにいる感覚です。
最終的なアウトプットに行き着くまでの過程で何をしたのか、その中で何がポイントだったのかを言語化して初めてナレッジになります。更に、その情報を社外向けに書くと抽象度が上がり、自分自身の思考も深堀りでき、業界全体のナレッジにもなります。
今回初めて講義をしましたが、講義は振り返りと言語化をした内容を「人に教える」という、とてもレベルの高い、ある種のナレッジ創出の完成形につながる行為だと実感しました。そして、大学側にも「実践的な話をしてほしい」というニーズはあると感じているので、自分の活動の振り返りと言語化をミッションにし、学校を行脚する野望を抱いています。