「デザインは"魔法使いの魔法"ではない」組織を創設したリーダーが語る。デザインを軸に物事を動かし価値を生み出す
【プロフィール】
2008:京都工芸繊維大学大学院修了
2008:GKデザイングループに就職
2015:リクルートへ転職
2019:デザインマネジメント部立ち上げ、現在に至る
リクルートではさまざまなデジタルプロダクトを展開していますが、それらプロダクトにおいて、従来型のデザイン業務を超えた幅広い工程に携わり、新たな価値を生み出す“プロダクトのデザインマネジメント”を担っているのが、2019年に設立された「デザインマネジメント部」です。
今回話を聞くのは、その組織の立ち上げを起案し、現在は同部統括グループ・グループマネジャーを務める磯貝です。中途採用でリクルートに入社した磯貝は、デザインがないがしろにされてしまっていた状況を問題視し、デザインの価値を全社的に高めるための全社横断組織の構築に取り組んでいます。
新卒・中途採用にかかわらず、社員一人ひとりの挑戦を後押しするリクルートの企業風土や、新たな組織の構築で大きく変わりつつあるリクルートのデザインの今を、磯貝の話からぜひ感じてください。
日常生活で感じる不便をデザインの力で解消したい
―今回はデザインマネジメント部のスタートの経緯や、組織が目指すものについて伺いたいのですが、まずはリクルートに転職したきっかけから聞かせてください。
学生時代は建築からグラフィックやプロダクト、インターフェースデザイン、UXデザインまで幅広く学ばれて、大学院修了後はプロダクトデザイン系のデザイン会社に入社。自治体の公共デザインや通信キャリアのプロダクトのUI/UXデザインを担当されていたそうですね。
もともと公共デザインがやりたくて入った会社なんです。公共交通機関のデザインや都市空間の景観デザイン等を多く手がけている制作会社で、かなり上流からデザイン業務を担当していました。
ただ、上流といっても“受託の上流”で、クライアントが設定した範囲内での制作なんですよね。日常生活で感じる不便をデザインの力で解消したい、より大きな価値を生み出したいと思っても、受託というレイヤーにいては限界があると感じていた。それが転職の理由です。
―転職先にリクルートを選んだのは?
国や自治体の仕事となると対応が遅く、官僚的で変化を嫌いますから自分には合わない。ならば民間から攻めたほうがいいな、と。前職では通信キャリア大手のデザインコンサルティングも担当していたのですが、リクルートのプロダクトにも多くのユーザーがいて、インフラという観点で公共デザインに近く、モチベーションを高く保てると思いました。また、参画した部署は機能組織でありながら、グループ内のさまざまなプロダクトに横断的に関われるところにも魅力を感じました。
―2015年にリクルートへ入社後、どんな業務を担当していたんですか?
「プロダクトのトップとして上流から関わりたい」と面接で話していたせいか、「受験サプリ(現スタディサプリ)」のプロダクトオーナーにいきなりアサインされて。初めての転職で、人をマネジメントすることにも慣れていませんでしたから、1年くらいは試行錯誤の繰り返しでしたね……(苦笑)。
ただ、その1年間が大きな財産になりました。デザインレイヤーから思い描いていた“ビジネス”がどれだけ甘かったか気付けたし、ビジネスレイヤーの肌感覚をインプットできたと思います。
▲「スタディサプリ」https://studysapuri.jp/
リクルートの人間は本質に目を向けている。だからこそ組織を立ち上げられた
―そこからどんな経緯で、デザインマネジメント部の立ち上げに至ったのでしょう?
当時はデザイン組織と呼べるものが存在していなかったし、短期的かつ定量的な観点でしか物事が判断されず、デザインやユーザーがないがしろにされている状況が続いていました。
なぜそうなってしまっているのか。
すでに退職された方などにもヒアリングして経緯を整理してみると、もともとリクルートは創業時からデザイン経営を謳っていて、亀倉雄策さん(※)が取締役にいたし、クリエイティブセンターという、リクルートのすべてのデザインを統括するデザイン組織があった。しかし、プロダクトが紙媒体からデジタルに移行し、分社化が進められた結果、デジタルプロダクトのクオリティを組織としてガバナンスできる状態ではなくなってしまったわけです。
そこで、私と同じような課題感を持っている、デザインがバックグラウンドのメンバー数人で集まり、ナレッジや進捗の共有をするようになって。デザインで事業に貢献し、プレゼンスを上げていこうと、草の根的にネットワークを広げていったんです。
※ 東京オリンピックやグッドデザインマーク、NTT、ニコン、ヤマギワのシンボルマーク・ロゴタイプなど数々の名作を生んだ、日本を代表するグラフィックデザイナー。1980年紫綬褒章受章、1991年文化功労者に選ばれる。リクルートの旧コーポレートロゴもデザインした。1985年には株式会社リクルートに入社し、取締役に就任。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)初代会長。1997年永眠。
―それが組織化につながる、と。
成果はところどころで出ていたものの、勢力的にはごく少数でしたし、なかなか抜本的な変革には至りませんでした。とはいえ、そこに対してやりきっていたかと自問すると、そこまでやれていないと思い返して、当時の統括部長に掛け合ってみたんです。どんなインパクトを与えればレバレッジを効かせられるかと考えて、同じ課題感を持つ若いメンバーを束ね、全社横断で推進していくことが私の存在意義であり、そういう組織をつくりたいと。
―反応はどんなものでしたか。
幸いにも、統括部長はデザインに理解のある方だったし、リクルートの人間は本質に目を向けているというか、クライアントやユーザーのためにプロダクトをよりよいものにしたいというマインドがありますから、セクショナリズム的な足の引っ張り合いもなく、筋を通せば何でも挑戦できる環境なんです。それがいい方向に作用したと思います。
全社横断でデザインを活用し、価値を生み出していく
―2019年にデザインマネジメント部が立ち上がるわけですが、改めて、この組織が目指しているものを教えてください。
私たちはデジタルプロダクトの業務を「業務不確実性」と「デザイン不確実性」の二軸で類型化しているんですが、従来のデザイナーが担当していたのは、業務不確実性もデザイン不確実性も低いビジネスレイヤーの人間から指示された限定的なデザインなどに限られていました。
しかし、いま求められているのは業務面でもデザイン面でも不確実性の高いものです。その遂行には、デザインスキルに加えて、事業の成長にコミットし、周囲を巻き込みながら業務を推進させるスキルが必要で、それは誰にでもできるわけではありません。ですから、「デザインディレクター」というポジションをつくり、その不確実性に対応することでプロダクトをデザインレイヤーから良くすることで、事業に貢献していく、というのがこの組織の基本的な目的です。
組織の名称を「デザインマネジメントグループ(現在はデザインマネジメント部)」としたのにもこだわりがあります。単なる“デザイングループ”では社内に新しい制作部門ができたと思われて、結局やっていることは社内受託になりかねない。目指すべきは、全社横断でデザインを活用して価値を生み出していくことですから、メンバーにも繰り返して言っています。「デザインディレクターはただデザインをやればいいわけではない。デザインを軸にしてさまざまな領域を動かし、染み出して価値を生み出していこう」と。
―いざ組織がスタートし、社内からはどんな声が挙がりましたか。
「頑張ってください!」という声をたくさんもらったりして、デザインをもっとよくしたいというサイレントマジョリティが多かったんだなと感じました。実際にプロダクトも改善されていて、デザイン戦略はもちろん、定量・定性双方の観点から、改善のための施策の提案やプロトタイプ作成を行えるデザインディレクターの参画を歓迎してもらっています。
スタート時は1グループ体制でしたが、いまでは5つの各領域にデザインマネジメントを担当するグループを設け、それぞれが横断的につながるような体制を整えられました。組織としてしっかりしてきたし、この2年間は非常にやり甲斐がありましたね。
―今後の展望について教えてください。
実行するなかでさまざまな課題が見えてきて、特に「どうしてこれをやるのか?」と訊かれたときに、「デザインがよくなることでユーザビリティやアクセシビリティがこう上がるんです」とか「開発工数をこのくらい減らせます」というふうに、デザインが事業において欠かせない価値だということを、毎回“翻訳”しないといけないところが目下の課題です。それはつまり、まだ全社的にデザインの価値が単体で認められている段階ではないと言えますから、それを組織全体に浸透させることが次のフェーズだと思っています。
フリーペーパー全盛期の頃は“表紙が良ければ捌けがいい”というか、クリエイティブがダイレクトに価値変換できたけれど、デジタル化してそれがわかりにくくなっているのが現状です。例えば、デザインにおいても何らかの指標を設定して、それを上げることが事業にもメリットがあるという方程式が確立できればと考えています。
私はデザインが“魔法使いの魔法”ではなく、普遍的な概念として認識されてほしいと常々思っているんです。冒頭で「公共デザインをやりたい」とお話ししましたが、物事をよりよくする行動すべてがデザインですから。それを組織全体に浸透させていきたいという想いがあります。
―最後に、そんなデザインマネジメント部にはどんな人に来てもらいたいと思っていますか。
採用の際に重視しているのは、手段と目的の倒錯がない人です。デザイナーってどうしても手段が目的化してしまう人が多いんですが、重要なのはデザインを武器にして何をするか。デザインを“狭義なものづくり”に押し込めず、物事を良くするための価値を生む行為だと認識し、それを活用したいと考えている人にぜひ来てほしいと思っています。
―ありがとうございました。
★編集後記★
色やカタチの美しさを追い求めるような従来型のデザイン領域にとどまることなく、デザインを軸に事業を推進し、新たな価値を与える取り組みに参画したいーーそんな次世代のデザイナー志向の方をデザインマネジメント部では募集しています!