Service Design Global Conference参加レポート
こんにちは。リクルートの「Air ビジネスツールズ」でリサーチを担当している大草です。社内外では、べぢまきと呼ばれています。
このnoteではService Design Global Conference2022をオンライン視聴した内容をレポートにまとめています。
Service Design Global Conferenceとは
Service Design Global Conference(SDGC)はService Design Network(SDN)という団体が毎年主催しているカンファレンスです。
COVID-19の影響で直近2年はバーチャルでの実施でしたが、今回はバーチャルとデンマークのコペンハーゲン現地でのオフライン実施のハイブリッドで実施されました。
SDGCが他のカンファレンスと比較して特徴な点は、SDNというコミュニティが主催しているカンファレンスのためコミュニティを活性化するような取り組みが多く、横の繋がりを持ちやすいという点です。
今回はオンライン参加だったのでその特徴を感じることは少なかったですが、過去に現地参加した際には以下の特徴がありました。
カンファレンス参加報告会を日本から参加していた各社横断で実施。
カンファレンス最終日に日本からの参加者で自主的にラップアップ会を行いつつ、懇親会をする。
また、SDN Japanの取り組みとしてセミナーの実施やタスクフォースチームでのサービスデザイン研究があり、カンファレンスがきっかけとなってそのようなSDNコミュニティで行われている取り組みに参加しやすくなるのではと思いました。
私自身も過去にSDGCをきっかけに仲良くさせていただいている他社の方々がいて、時折近況報告したりご相談をさせていただいたりしています。
今回はオンライン参加のため、プレゼンテーションの内容にスポットを当ててレポートをお送りします。
今年のテーマ”Courage to design for good”
Courage to design for good(「善い」デザインをする勇気)
みなさんは「よいデザイン」と言われたときに、何を想像しますか?
今年のカンファレンスのテーマは「Courage to Design for Good(「善い」デザインをする勇気)」。
私達が日々目指している使いやすくて「良い」デザイン、CVRが上がる「良い」デザインは、社会や組織、文化にとっても「善い」デザインでしょうか?
今年はビジネス観点を越えて社会や組織、経済、文化、未来をより善くデザインしていくためにどう勇気を持ち、どう考え、どう行動すべきかがカンファレンスを通してメッセージされてていました。
プレゼンテーションだけでなく登壇者同士のパネルディスカッションセッションも設けられており、難易度の高いテーマでしたが理解を深めるための設計がされていると感じました。
さまざまプレゼンテーションの中でも特に興味深いと感じたセッションをいくつか紹介します。
Regenerative Capitalism: how designers can influence large organisations to create positive change in the world
再生可能な資本主義:デザイナーが世界の大きな組織にポジティブな変化をもたらす方法
このプレゼンテーションではサステイナビリティーの取り組みを大きな組織へ浸透させるために、サービスデザイナーができる事について話されていました。
プレゼンター自身がサステナビリティー、特に気候変動に対して課題意識を持つようになり、CO2をできるだけ排出しないことを意識して彼自身の生活を大きく変えました。
例えば太陽光発電や風力発電等の環境の優しいエネルギー源で生活することや、カーボンフットプリントを良くするために生産経路・生産場所・生産方法がはっきりしている商品のみを購入することなどです。
そのように生活していく中で、サステナビリティーの取り組みは日常生活にかなり影響がありとてもパワーが必要なことで、簡単に広まっていくものではないと感じたそうです。
一方でサステナビリティーはサービスを考える上での必須の軸になってきています。
今までのサービスはカスタマーニーズ、ビジネス、テクノロジーの3つを軸に考えられてきましたが、今は新しい必須の軸としてサステナビリティーが挙げられます。
その一方でサステナビリティーについて当事者意識を持っている人や組織は、まだ一部のアーリーアダプター層のみです。
サステナビリティーをマジョリティー層へ浸透させていくために彼自身がどのようなことを意識しているかを紹介してくれました。
まずは、サステナビリティーに対するスタンスを確認することです。
スタンスをENABLE、INFLUENCE、EMBEDの3つのレベルにわけ、EMBEDに近づくほどよりよいスタンスだと定義しました。
ENABLEは「エコロジーや社会的な問題については中立を保ちつつ、変化を起こそうとしている人たちがサステナビリティー的に良い判断を下せるように支援するつもりだ」というスタンスを指します。
次にINFLUENCEは「人々がより良い決断を下し、よりサステナブルな行動をとるよう自らが影響力を与えていきたい」というスタンスを指します。
最後にEMBEDは「事業全体を環境的・社会的に持続可能なものにするため、事業全体に再生可能な手法をシステムとして装着していくつもりだ」というスタンスを指しています。
この3つのどのスタンスなのかを確認し、現状のスタンスと次に目指すレベルを正しく理解することが一番はじめにすべきことだそうです。
そして、スタンスを次のレベルにあげていくためには、awareness(気づくこと)、desirability(望むこと)、belief(信じること)の3つを起こしていくことが重要だと述べていました。
awarenessは、変化することは可能だと気づくことです。「可能かもしれない」ではなく「可能だ」と思えること。
desirabilityは、その変化を自分で起こしたいと強く望むこと。
beliefは、その変化によってポジティブなことが起きると信じること。そう説明していました。
特にdesirabilityについての説明が印象に残っています。「サステイナブルな世界にするために、サステナビリティーに取り組もう」というメッセージだと人々にdesirabilityを起こすことは難しい。
売上拡大や顧客獲得、シームレスなサービス体験など彼らが目指していることに対してサステナビリティーがどう寄与するのかを伝えることが重要だ、と語っていました。
プレゼンテーションを聞いて感じたこと
日本でもSDGsに沿ったアクションをすることが個人にも組織にも求められるようになりましたが、常に意識し本格的に行動できている人はまだ少ないと個人的には感じます。
その状況はまさに無関心だった人々がENABLEスタンスへ移行していっている状況なのだと思いました。
また社会的に善いと分かっている取り組みであってもdesirabilityを起こす際には「社会的に善い」だけでは不十分で、相手が目指している目標にそれがどう寄与するのか、相手の立場にたってコミュニケーションすることが大切だという話にとても納得しました。
普段のコミュニケーションでは意識できていることも、SDGsのケースになるとその意識がおろそかにっているかもしれないと自省するきっかけになりました。
Designing for the Missing Half
見落とされた残り半分の人のためのデザイン
このプレゼンテーションでは製品やサービス、システムをデザインする上で、いかに女性の存在が見落とされているかの事例と、見落とさないためのメソッドとツールキットが紹介されていました。
プレゼンターの彼女が女性向けfintechサービスとして釣り銭をすこしずつ貯めてある程度貯まったら銀行へ預金するサービス案を提案したところ、クライアントから「それは過去に実施したが効果がなかった」と言われたそうです。
過去のサービスを見せて欲しいと言ったところ、クライアントは名刺入れサイズの財布を取り出し、紙幣を入れシャツの胸ポケットへしまったそうです。
「え、胸ポケットついてる服、私持ってるっけ・・・?」と思ったことをきっかけに何人かの女性の服をチェックしましたが胸ポケットがない服を着ている女性がほとんどだったそうです。
このエピソードがきっかけとなり彼女はMissing Halfに気づきはじめました。
さまざまな分野で女性の存在やそのニーズは見落とされているそうです。
例えばテクノロジーの分野では、音声アシスタントが女性蔑視にあたる発言をするケースが報告されています。また、音声認識の正確性も男性音声より女性音声の方が低いそうです。
これは音声認識技術が主に男性の声を教師データとしていることが原因と考えられています。
参考文献:
UNESCOのレポート「I’d blush if I could」
ジョージア工科大学の研究
ニューヨーク大学の研究
ファイナンスの分野では女性と男性の年金受給額の差が問題になっているそうです。
これは、男性と女性では人生の送り方が大きく異なることを踏まえてシステムがつくられていないことが原因だと彼女は話します。受給額は一生涯に稼いだ収入に基づいて計算されますが、女性は低賃金な事が多かったり、子育てや介護などの家庭事情により短時間勤務や退職が多くあることを踏まえたシステムになっていないと指摘します。
このような事象が発生してしまうのは既存のデザイン手法の限界だと彼女は話します。
「全員」のためにデザインしているつもりでも、実際には不十分でone-size-fits-menな結果になっていることが多いそうです。(one-size-fit-men:男性を基準にしたワンサイズ 、単一のチョイス)
女性の存在を見落とさないために、まずは「女性のことを忘れてしまいがちだ」ということを自覚し、常に「女性にとってはどうか?」を問うことが重要だそうです。
そして、「女性にとってどうか?」を考えるときには女性中心的視点を持ち、offensive, impartial, informed, holisticの4つの観点から考えることを提案していました。
offensive:攻撃的ではないか
offensiveなサービスは完全に不適切な対応をしてしまっていて、時には女性から嫌悪を抱かれる。
impartial :公平であるか
ジェンダー・ニュートラル・デザインが意図せぬ結果を生むこともある。生物学的に異なる男性と女性を本当に公平に考えられているか?
この観点の欠如が design for “everyone” = one-size-fits-men outcomeの大きな原因である。
informed :十分に理解されているか
表層的には女性のニーズを理解したサービスであるが、よりよくする白地がある状態。
女性のニーズに応えるだけでは不十分。女性の中にも複数のタイプ、様々なフェーズの人がいることを見落としていないか考える必要がある。
holistic:包括的な解決がされているか
すべてのサービスで大切な顧客として女性のニーズにこたえているか。
全員が持つニーズに答えながらも同時に女性特有のニーズにもこたえている事が理想的。
世の中のサービスをこの視点でマッピングしてみたり、自分たちのサービスをこの視点で考えてみることが「女性にとってどうか?」を考えることに繋がる。
プレゼンテーションを聞いて感じたこと
いかに女性を見落としているかを自覚することが重要だという部分がとても響きました。
私自身女性ですが、年金受給額の問題について特に課題だと感じたことは今まで一度もなかったためです。自分がその属性やタイプに当てはまるかどうかは関係なく、常に”What about women?”を考えることの重要性を感じました。
また、offensiveやimpartialなサービスも悪意があって作られたものは少なく、「言われるまでその観点に気付いていなかった」ことが要因なのでは思います。言われずとも自分自身で観点に気づけるようにする努力はもちろん必要ですが限度があります。自分で気づけなかった観点を周囲や社会が指摘しやすい体制や雰囲気づくりをする努力、またその意見を受け入れられる体制やマインドセットを整える努力も同様に重要だと感じました。
普段の業務へどう取り込むか
how designers can influence large organizations to create positive change in the world
私は普段UXリサーチを組織に浸透させる役割を担っているのですが、このプレゼンテーションはサステナビリティーだけではなくUXリサーチのような新しい考えや行動を普及させるシチュエーションに共通して適用できうると感じました。
特に共感したのは、ENABLE / INFLUENCE / EMBEDでスタンスを確認する話です。UXリサーチ浸透の取り組みをする中で、一緒に取り組む同僚と話がうまく進まず困っていたことがあります。まさにこのスタンスが私と同僚間で違っており、違っている事を認識できていなかったゆえに起きた状況だと思いました。
また、awareness / desirability / belief を起こしていくという話も同様にUXリサーチなどの新しい考えや行動を普及させるために応用できそうだと感じました。
Designing for the Missing Half
見落としてしまっていることに自覚することが、アクションの始まりであり、気付けるかどうかが最も重要であることを感じました。
女性に関してはプレゼンテーション内の手法を用いることで自覚することができるかもしれませんが、この手法だけだと他の人々を見落とす可能性は依然としてあるのではと感じます。
すべての属性の人々に対しての手法や観点を網羅し整理することは現実的ではないため、プロジェクトチームにアサインされるメンバーの多様性を担保し、多様なメンバーで検討することにより多様な観点を担保することも意識していきたいと思いました。
プレゼンテーションは「女性の視点を持とう!」という内容でしたが、男性の視点が欠けているシーン、さまざまな国籍の観点が欠けているシーン、属性だけではなく多様な思考やバックグラウンドなどの違いが欠けているシーン等もあると思います。本当の意味でのDesign for everyoneを達成するため、見落としてしまっている人々がいないか常に自分達に問いかけ、複数の視点を持つための努力を常にし続けたいと感じました。
おわりに
今回のカンファレンスを視聴する中で様々な新しい視点や、今のサービスデザインのトレンドにふれることができました。
世の中に求められ続けるサービスをつくる上でそれらはキャッチアップする必要がある内容ですが、普段の業務を進める中でその機会は多くはありません。
カンファレンスに参加することで積極的にキャッチアップし、視点や思考を常にアップデートしていくことが大切だと感じました。
また、他社のデザイナーと交流することで周囲からの視点や意見を得ることにも繋がると感じたので、また参加する機会があれば是非次は現地参加したいと思いました。
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